怪談の相手に逆襲してみた【前編】
ちょっと前に書いた小説です。
三話で終了します。
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ある入院患者が、深夜に病院のトイレに行くために自分の病室から廊下に出る。
その入院患者の目には昼間の病院とは違う、不気味な薄暗い病院の廊下が目に入り、ぶるりと身を震わせる。
所々に明かりはあるが、それが逆に夜の病院というシチュエーションに不気味さを際立たせていた。
早くトイレに行こうとその入院患者は歩き出す。
キイ…キイ…
すると曲がり角から車いすを押す一人の看護師が目に入る。
(こんな時間に…看護師の方は大変だな…)
その入院患者は患者がトイレに行きたいと申し出たために連れて行ったのだろうと思いすれ違い様に一礼する。
すると看護師はピタリと立ち止まり、その入院患者に声をかけてきた。
「見たね……」
てっきり「大丈夫ですか?」と声を掛けられると思っていたその入院患者は思わぬ言葉にビクリと体を震わせる。その看護師の声は世の中のすべてを恨んでいるかのような不気味な声だ。
振り返りたくないという感情があったが、それでも振り返らずにはいられない。入院患者は誰かに操られているかのように振り返った。
「ひっ!!」
入院患者の目に写った看護師の顔は人間のもの、いや、生者のものではなかった。所々が腐り落ちた醜い化け物の姿がそこにあった。車いすの人物も人間ではなかった。いや、かつては人間だったのだろうが、現在はそうではない。その車いすに座っていた人物もすでに死んでいたのだ。
その看護師はニヤリとその醜い顔をさらに歪めその入院患者に手を伸ばす。
「うわぁぁぁぁ!!」
その入院患者は駆け出した。他の宿直の看護師に助けを求めるためにナースステーションに駆け込むがそこには誰もいない。
「なんで!! どうして誰もいないんだ!!!」
入院患者は声の限りに叫ぶ。もしこの場に人がいれば間違いなく咎められるであろう事だが、入院患者にとっては些細な事だ。むしろ誰か来て欲しいという願いで声を荒げて叫ぶ。
「無駄だよ…」
ナースステーションの向こうにその看護師がニタニタ嗤い立っている。
「うわぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁっぁぁぁっぁあ!!!!」
患者は音程の外した叫び声を上げてナースステーションから飛び出す。
「ひゃははっはははっはははっは、逃げられると思ってるのかい?」
看護師の耳障りな声が患者の背から投げ掛けられる。患者は階段を駆け下りようとするが目の前に見えない壁がありどうしても先に進めない。
「なんで!!どうして!!」
次いで患者はエレベータのボタンを押す。
が…その希望はまたしても裏切られる。まったく反応しないのだ。
キイ…キイ…
車いすを押す音が聞こえてくる。
(ちきしょう!!あの看護師…楽しんでやがる!!)
患者は察した。あの看護師は俺がこの階から逃げられないから焦って追ってこないのだという事を…。それは患者にとって絶望と同義だった。
(とりあえず隠れないと)
患者はトイレに逃げ込むと一番奥の個室の中に入ると鍵をかけ息を潜めた。
キイ…キイ…
(来た…神様!!)
患者は『トイレに入らないでくれ!!』『通り過ぎてくれ!!』と祈りながら蹲る。だがその願いもむなしく。車いすを押す音はトイレの前で止まった。そして扉が開いたのだ。
コツコツ…
「ここかな~」
不愉快な看護師の声とともに個室の扉が開け放たれる。
「隣かな~」
このトイレの個室の数は4つだ。ということはここに来るのも時間の問題という事だ。患者はガチガチと歯を鳴らし神に祈る。もはやこの絶体絶命の危機を乗り越えるには神に救ってもらう以外の方法は思いつかなかったのだ。
「ここかな~」
バタン…ついに隣の個室の扉が開けられる。
(もう駄目だ!!)
患者は蹲りながら扉が開けられる瞬間を覚悟する。
だが…。
その瞬間は訪れない。
(え?…助かったのか)
患者は助かったと思い顔を上げる。だが目の前にある扉は一切動かない。
(助かった~)
と思い患者はヘナヘナと座り込んだ。動こうとしても動くことが出来ない。患者は腰が抜けてしまったのだ。だが、それを誰が笑うことが出来るだろうか。
「ん?」
不意に患者は頭上からの視線を感じた。見るべきで無いことを本能が察しているのに患者は見てしまったのだ。
「いた~」
ニタニタと嗤い看護師が個室の上から覗いていた。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!」
患者の絶叫が病院内にこだましたが、その患者の叫び声は誰の耳にも届かない。
かなり有名な怪談のネタだ。
俺、的部まとべ 宗介そうすけも小学生の頃にこの怪談を聞かされトラウマになった。
まさか…自分がこの怪談の看護師に追われるとは入院した時はまったく考えてもみなかった。
「いや…まさか自分がこんな目にあうなんて…」
俺は笑い出すのを必死に堪えながらトイレに逃げ込むと、個室の一番奥に入ったのだ。
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