怪談の相手に逆襲してみた【中編】
昨日の続きです。
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俺、的部宗介まとべそうすけは21歳の都内に住む大学生だ。ちょっとした交通事故に遭ってしまい、頭を打ったので一応念のために検査入院をすることになったのだ。
検査の結果も良好であり明後日には退院が決まっている。
この病院にはかなり規模の大きい総合病院で、医師、看護師の評判も上々の病院だった。
だが見舞いに来た友人の加藤良太が俺を怖がらせようと先程の『車いすを押す看護師』の怪談をわざわざ昼間に話してくれた。
「止めろよ、俺はそう言う話苦手だって知ってるだろ」
俺は抗議するが本心からではない。その事も加藤は知っておりニヤニヤと笑う。こいつは人は良いのだが、時々こういう愉快犯的なところがあるのだ。
加藤の話にあった看護師の話だが、小学生の頃に聞いた時には夜中にトイレに行けなくなるぐらいびびった覚えがある。
ところが俺はいつの間にかそういう怪談の類がいつの間にか好きになってしまっていたのだ。中学、高校となるうちにいつの間にかホラー映画鑑賞が大好きでホラー映画を1週間に1本ぐらいで見るようになった。
そのためだろうか国民的なホラー映画の井戸から出てくる『あの御方』の登場シーンには恐怖よりもむしろ爆笑してしまった。
この役者さん…今どんな気持ちなんだろう…とか一度思ってしまうと、もはやホラー映画で怖がることはなくなってしまったのだ。何かのホラー映画のメイキングを見てからの事だろうがホラーに対する耐性が出来てしまったのかも知れない。
そのため、怪談話で『こうしたらどうなる?』という想像をする事が多々あるようになった。
加藤の言った『看護師』の話もそんな自分が考えていた怪談話の一つだったのだ。
消灯時間が来たので俺はおとなしく就寝する。俺はわりかし寝付きが良い方なのですぐに夢の中に旅立った。
「ん?」
俺は廊下から聞こえる『キイキイ…』という音に目を覚ました。手元にあるスマホを見て時間を確認すると午前2時前だ。
「こんな時間に誰だよ?」
俺はついぼやくと布団を被る。だがその時に昼間の加藤の話が思い出された。
(まさか…な…)
俺はそう思いつつも好奇心を抑えることが出来ずに自分の病室の前を通り過ぎた事を確認すると病室の扉を開け廊下に出る。
薄暗い病院の廊下というモノはやはり一種の雰囲気があるのは確かだ。
通り過ぎた看護師の背中が見える。
(…ん?この病院の看護師さんの制服ってあんなんだったけ?)
この病院の看護師の制服は男性女性とも薄いピンクのズボンであり、動きやすさを重視したスポーツシューズだ。だが、その看護師の制服は白いタイトスカートにナースキャップ、サンダルといういでたちだった。一昔前の映画、ドラマの看護師がまだ看護婦と呼ばれていた頃の服装だったのだ。
「……見たね」
その看護師がこちらを振り向きもせずに言う。
看護師が声を掛けたのは明らかに俺だ。
(おお…まさか? 来ちゃった?)
俺の中でこの不気味な状況に歓喜の感情がわき上がってくるのを感じる。頬が緩みそうになるのを気力で押さえている状況だ。
だが…不安だ。
これからこの看護師が振り返り意味深にニヤっと嗤うのだろう。その時に俺は怖がる演技が果たして出来るのだろうか? 正直な所、自信がない。
がんばれ!!俺!!この看護師を欺さないと追ってきてくれないのではないか? この千載一遇のチャンスを逃してしまえば一生の悔いになる事は間違いない。
ゆっくりと看護師は振り返る。
(うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!キタァァァァァァァァァァァ!!!!)
振り返った看護師の顔は怪談の話のように人間のものではない。骨に薄皮が張り付いた顔だ。まぁ、これだけならまだ「人間?」と迷うのだが、眼球の白目の部分がどす黒く、反対に黒眼の部分から色素が抜け落ちたような白であり、「死んでるわ」という印象しか受けない。
「うわぁぁぁぁぁ~」
俺の口から間抜けすぎる叫び声が発せられる。いや、発した。明らかに演技と分かりそうな叫び声だったがその看護師はニタニタしだした。
(あれ? こいつは今の俺の叫び声を本気の叫び声と思ってくれたのか?)
俺がそう思っていると看護師は車いすをこちらに向ける。正直な話、隙だらけであり攻撃の最大のチャンスなのだが、ここでは我慢することにする。
車いすに座っているのは男性だった。但し完全にミイラになっており、眼窩からはすでに眼球はこぼれ落ち空洞となっている。ミイラのために皮膚はカサカサに乾ききっている。
(火を付けたらよく燃えるだろうな…)
俺は心の中でそう毒づき、その後であんまり酷い事考えちゃ駄目だよなと自省する。
ニタニタと嗤う看護師にかつて無いほどの不愉快さを感じるが、ここでこの看護師を殴りつけたら長年の目的を果たすことは出来ないと自制する。
俺は踵を返すと駆け出す。
『ヒャッホ~~~~~~イ!!!』と笑い出したくなるがここはじっと我慢だ。
さて怪談通りに俺は階段をチェック…
「おおぉ~本当に見えない壁がある」
では次はエレベーター……っと
「おお、反応無し!!」
俺は口元が緩みそうになるがなんとか堪えて、定番のトイレに入る事にする。
「ついに…ついに…この時が来た!!」
俺はトイレの一番奥の個室に入り、鍵を掛けずに看護師を待つことにする。
(早く早く…看護師さん~早く来てくれ♪)
キイ…キイ…
看護師が車いすを押しトイレの前で止まる。その事に俺は胸をなで下ろす。怪談では絶対に入ってくるけど、ちゃんと見つけるかどうか不安だったからだ。もし通り過ぎたらわざと物音を立てる必要があったのだ。
ギィ…。
扉を開けて看護師がトイレの中に入ってきた。
(落ち着け…俺…ク~ルにだ)
ニマニマと頬が緩みながらその時を待つ。
コツコツ…
「ここかな~」
バタンと個室の扉を開ける。
「隣かな~」
次はその隣の個室の扉を開け放つ。
このトイレの個室は3つだ。という事は間違いなく次ぎに『あの』名シーンが来る。
俺はそう思うと扉の上の方を見る。扉の上の方に看護師の手がかかる。
(ああ~まさか本当に…実証できるなんて思わなかった)
看護師が扉の上から顔を覗かせる。看護師と俺の目が合う。看護師は「え?」という表情を浮かべている。蹲っていると思っていた俺と目がいきなりあったのだから当然だろう。いや、俺が満面の笑みを浮かべていた事に対して驚いたのかも知れない。
「今じゃ!!!!!!!」
俺は思いきり両手で扉を押した。
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