野心
この小説は完全に私の書いた歴史小説ですが、資料をきちんと調べたものではないので、「史実と違う」とか言われても困ります。
フィクションとして楽しんで欲しいと思います。
「う~む……」
一人の男が小さく唸る。男の名は惟任日向守光秀、後の世には明智日向守光秀の名で伝わっている男である。
時は天正十年五月三十日のことである。
光秀が悩んでいるのは、ある知らせを受けたからである。その知らせとは主君である織田信長が京都の本能寺に向け出発したことであった。
そして、信長の供回りが小姓を中心とした百名前後であることであった。
(今……上様を守るのはわずか百名ほど……)
光秀の胸中である考えが浮かび上がるのを必死に押さえ込んでいる。しかし、優秀な光秀の脳内では二つの考えがせめぎ合っている。
(中将様は……どうだろうか……二条城か?)
中将とは織田信長の嫡男である織田信忠のことである。いや、もはや嫡男という表現は正しくないと言えるだろう。なぜならすでに織田信忠はすでに信長より家督を譲られており、織田家の当主となっているからだ。
光秀から見る信忠という男は、織田家当主として十分な能力を有している。いや、甲州征伐で見せた手腕は恐るべきものであり、織田家は盤石であると光秀は見ていた。
(上様がたとえ今日逝去しても、中将様がおられる。中将様の力量ならば間違いなく織田家の天下が揺らぐことはあるまい……だが)
光秀からみて織田家はまさに盤石であった。だが、光秀はどうしても“だが”を消すことができなかった。
人間というものは打ち消そうと打ち消そうとしても決して消すことのできない思いがある。その思いを“野望”とよぶのかもしれない。
光秀とて戦国乱世に生きる男だ。織田信長に仕え国持ちの大名となってもどうしても消せない野望があったのである。
常人ならその野望を見ぬ振りをして生涯を終える。いや、自分の力量を見て諦めるとう選択をするのである。
しかし、光秀は国持ちの大名となってもどうしても心の奥底に残った野望を消すことはできなかったし、諦めることはできなかった。
光秀は決して信長に対して負の感情は有していない。むしろ、自分の上に立つのは信長以外にはありえないとすら思っていた。あの人々を引きつける強烈な個性に尊崇の感情すら抱いている。
信長は悪逆非道で血も涙もない男と言われているが、光秀からみればそれは信長という人物の一面でしかない。信長は常に全力で走り続ける男だ。だからこそ、全力で走らない者に対して腹が立つのだ。
それに、妙にお人好しの面があることも知っている。松永久秀や荒木村重などが謀反を起こしたときにも、なかなか信じなかった。上杉謙信との戦いで、羽柴秀吉が柴田勝家と諍いを起こし、怒って陣を引き払い帰った事に対しても、結局は許している。
光秀から見て、信長という人物は、怜悧な頭脳、冷徹さと温情を併せ持つ矛盾に満ちた人物であり、だからこそ興味の尽きない人物であった。
次の信長の一手がどれほど自分の想像を超えてくるか楽しみにしている自分がいるのだ。
(上様と中将様が……)
光秀は自分の中でどうしてもたどり着く考えに身を震わせた。それが恐れから来るものなのか、それとも……高揚なのか。光秀にすら判断がつかなかった。
(上様が……中将様が……儂が……)
光秀の頭の中で三人の名前が次々と浮かんで消えていく。
(今、上様を守るのは百名……柴田……丹羽……滝川……前田、そして……羽柴も京にはおらぬ)
ドクン……。
光秀の心臓が高鳴る。
(……なぜ胸が高鳴る?)
光秀は胸の高鳴りを押さえることができなかった。
「ふふふ、ははは、はぁっっはっはっは」
光秀は自分の胸の高鳴りの理由に気づいた時に知らず知らずのうちに笑っていた。自分の野心を明確に自覚したのだ。
光秀の野心……
それは天下であった。いや、信長を超える事と言い換えても良いかも知れない。天下人である信長を超えるには、天下を手に入れるしかないではないか。
自分の憧れた信長を超えるには、この機会を逃すことは決してできない。そしてこの機会を逃せば自分は生涯信長を超えることはできない。
光秀にとってそれは耐えがたいものであった。
「後世の者達は儂をなんと呼ぶかな」
光秀はそう独りごちた。主君を殺すという大罪は、戦国の世にあってさほど珍し事ではない。だが、決して悪し様に誹られないと言うことではない。それを承知で光秀は信長を超えるために敢えて大罪を犯そうとしている。
そして、それに迷いは一切なかった。
「上様……いや……信長、儂はあなたを今こそ超えよう」
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